長い夜

どうしてこんなに気持ちがへこむんだろう。

 

真っ黒な穴に吸い込まれていくようだ。

 

お気楽極楽、ご陽気主義の私のはずじゃないか。

 

 いずれ人は皆死ぬ。

そう思ってはいても、 やっぱり私は 怖いのだった。

 

 いずれは …そう思っても 、わかっていても、痛かったり 苦しかったりするのは やっぱり嫌だ。

 

あーそうか。

年をとった人たちが 、みな ぴんぴんころりでいきたいと 願うのは、こんな気持ちからか。

 

日常に 、日常の隣に 本当はいつも死はあるけれど、 でも そんなこと 考えて 生活なんかしていない。

 

明日の天気はどうだとか、 晩御飯は何を食べようだとか、 あの人はとても優しかっただとか 、反対に なんでいつも意地悪なんだろうだとか。

 

そんな 些細なことに 振り回されながら 、どっぷり浸かりながら 、日常は回っていく。

 

でも その中で 本当は。

 

今、私は  その隣にあった、潜んでいた 死の背中を 見ているのだなあ。

 

何度も何度も思う。 いずれは。

だけど やっぱり 苦しかったり 痛かったりするのは いやだ。

だだっ子のように、同じところをループする私。

 

眠れないな 。

 

どちらの方法 を選ぶにしても 、私は

「 ひょっとして 逆の方法の方が良かったんじゃないか 」そう思うような気がした。

 

納得して 、本当に心の底から納得して、 選び取るなんて、 日常の中でもめったにない ことじゃないか。

 

あー眠れないなあ。

 

ハワイ部屋の中で 私は どうしていいのか 分からないまま、いっそ できれば誰かに 全てを 任せて 導いてほしいとも思った。

 

そうか 。

こういうところに代替え治療 やある種の宗教…そういうものが 入り込んでくる 隙が 生まれるんだな。

 

ぼんやりと そんなことを考える 。

長い夜。

混乱する私

F OL F0X、XELOX

抗癌治療法として、そのどちらかを 選ばなくてはいけない。

 

FO L F OXは1コース14日間。それを8コース。

XELOXは、1コース21日間。それを8コース。

 

単純に言って、XELOXの方が長期に渡る。

 

早く済ませたい人は、前者を選ぶだろう。

しかし、こちらはCVポートと呼ばれるものを埋め込む為に手術が必要になる。

 

これは皮下埋め込み型ポート と言われるもの。

皮膚の下に埋め込んで、 薬剤を投与するために 使用するものだそうだ。

ますます 人造人間 ぽさが、進むな。

 

まあ どちらの方法をとるにしても、副作用がある。

 

食欲低下、下痢、骨髄抑制。

白血球減少、血小板減少。

 

聞いていると 、 気分が落ち込んでしまう。

怖い。

 

そして どちらがいいのか さっぱり分からない。

 

思い切って 離島先生に 切り出した。

 

「先生 、先生だったら どちらをお選びになりますか?。」

 

「うーん 」

 

そう言ったきり 、先生は 黙り込んだ。

 

そうか 。

あくまでも 自分で判断しなくちゃいけないんだな。

 

話し合いが終わって 部屋に戻った。

 

ネットで ググってみる ステージ3 のB 大腸癌。

そう検索してみたら 、5年後の 生存率 60% と出た。

 

私は 作業を続行する気力を無くして 、携帯を閉じた。

 

 

 

 

決めるのは自分


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「これから 、抗がん治療の 方針を決めていただきます。」

 

え?

先生が 決めましたではなくて、 私が決めるんですか?

 

  私は 一瞬 何を言われているのやら 理解できなくて。

 

今は ネットの時代。

 

自主選択の時代。

 

セカンドオピニオンなんて当たり前。

 

そう 。

そういう時代だということは分かっている。

 

だけれど 、私は 正直 そういう時代 だとわかっていても、 気持ちがついていかないのだった。

 

だって、 誰に どんな方法がある ときいたところで 結局は 任せるしかないじゃないか。

 

最終的に 運でしかない。

そう、思った。

 

私の大腸癌も乳癌も 、発見されたのは 運だったと思う。

 

そして、アンガールズ田中先生、ちびまるこ先生 、オメガ先生 、乳腺御陽気ドクター 、離島先生達に 出会えたのも 、最終的には 運だろう 。

 

それまで顔も、存在も知らなかった人達。

その人達に、私は全てを委ねた。

 

結局はそういうこと。

だとすれば 任せるしかない。

 

それは諦めではなくて 一種の 運命 の受け入れ… そんな気がしている。

 

なのに??

 

いやいや 正直に言えば 、私は もう考えたくないのだ。

 

自主選択は = 自主責任。

 

自分の運命は自分で決める 。

それは そうなんだけれど 所詮は素人。

医者ではない私は 考えたくないのだった。

 

そんな 私の 気持ち にお構いなしに、 離島先生は言った。

 

「抗癌治療には 、二つの方法があります。

 

どちらを選ぶか 退院したら よく考え 調べて、 次の 診察の時に でも、 結果を 知らせてください。」

決壊

弟が 車で迎えに来てくれて 、3時に 退院。

 

ついていた 看護学生が、 お見送りに来てくれた。

「tonchikiさん 、

ありがとうございました。 どうかほんとうにお大事になさって下さい。」

 

「ありがとう。 あなた達が 立派な 、そして想いのある 看護師さんになることを 祈ってますね。」

 

そんなことを話ながら、前日 眠れていなかったせいか、 息が上がる。

まずいまずい。

 

しっかりしなくちゃ。

 

ハワイ部屋の 入院費用を払うと 、次の来院日 の予約表と たくさんの薬を渡される。

 

「これから 長くなります。 とにかく 考えすぎないように。 ひとつひとつ。 ひとつひとつ。」

担当看護師さんの 言葉が重かった。

 

一生懸命 歩いて 弟の車まで 行く。

息が上がる。

冷や汗が出る。

 

「しんどそうやな。大丈夫か ?」

 

「大丈夫。」

 

薬を飲んで、 息を整える。

 

ふーっふー っ。

 

車が走り出して 外の景色が 見慣れたものになって。

 

帰ってきた。 帰ってきたんだ。

 

亡くなった父は どんな思いでこの景色を 見てたんだろう。

 

私は 携帯を 手に入れたけれど、 入院中 、1度も皇太后に電話をしなかった。

 

それは しなくていいという 皇太后の言葉があったためでもあったけれど 、私自身 、声を聞くと 崩れ落ちそうだったから。

 

家に着いた。

 

玄関前の 階段を上る 。ドアを開ける。

ただいま。 おかえり 。大変だったね。

 

太后 が、そう言って 出てきて、 顔を見た瞬間 、涙腺決壊 。

 

全く 。

いい年をして

泣き虫さんかよ。

退院

本日午後、退院決定。

 

嬉しくて嬉しくて

そんなところに

手術の後の検査結果が出て、離島先生からの説明があった。

 

弟嫁同席。

 

ステージ3のB。

 

覚悟はしていたつもりが、やっぱり足が震え、頭が真っ白になった。

 

励ますとか、寄り添うとかって、簡単なことじゃない。

部屋で言葉に包まれて、ベソベソ泣きながらアンラッキーのなかのラッキーを思う。

 

とにかく、一旦家に帰るんだ。

 

今日は忙しくなる。

べビッコlove

日ごとに 重湯の中に ご飯粒が増えていき、 重湯からおかゆに。

 

手術して まだ 痛みの残る お腹の事を考えると 、食べることに 慎重になる。

 

出されたおかゆを、ゆっくりゆっくり 時間をかけて 食べる。

 本当に こんなに少ない量で と思うのに、食べきれない日が続く。

残してしまうなあ、モデルの私。

 

でも これで

「出された 食べ物は残さず食べる 」

という ところから 、少し 自由になれたかも。

 

入院前なら、3口で飲んでいただろうコーンスープ。 

何倍もの時間をかけて 食べる。

 

やがてスープが おみおつけになった。

そこに豆腐が投入されているのを見て、テンションが上がる。

日本人だなあ。

ささやかなこと。でも、 とても嬉しい。

 

そうこうするうちに、宅のシェフは 、新しい展開を 繰り出してきた。

 

「ハイ tonchikiさん 、朝ごはんですよ~。」

そう言われて ぼんやり いつものように お品書きを見つめる。

 

ん?

…お菓子????

 


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次の瞬間 、私は病室で 声を出して笑ってしまっていた。


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あはははは。

べビッコかあ~。

そうだな。

私は 入院で ある意味 生まれ直し、 もう一度 ベビー に なったのかもしれない。

 

こうして おやつが出るようになって 朝食がとても楽しみになった。

 

おやつは 朝食に出る。

そうか 、退院したら おやつは朝食べよう… 密かに決心する私。


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ちっちゃいちっちゃいマドレーヌ。


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マンナが出てきた時も、 やっぱり笑った。

 

メインにはなり得なくても 、こういうのって 本当に 嬉しいもんだ。


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ダンスや音楽や本、そして、フレッシュな言葉と同じようにね。

口からパワー

入院して 一週間目。

手術して 4日目 に重湯が出た。

嬉しかった。

 

え、もう 口から入れてオッケーなんだ という気持ちと 、ちゃんと 大腸 機能しているかな という不安な気持ちと。

 

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一番最初の重湯 は、 梅味がついていた。

 

あ、 3品もあるんだ。

私は ひとつだけだと思っていたから、 軽く驚いた。


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何日ぶり だったっけ。 食事をするのは。

 

入院手術前の私だったら 、秒で 完食 だと思われる この メニューを 、私は時間をかけて ゆっくりゆっくり食べた。

 

食べた後 おかしなことだが 、自分の目に、身体に、力が戻ったような気がした 。

 

栄養は足りている。

たくさんたくさん吊り下げられている 点滴から、 1日に必要な 栄養は 与えられてもらっているはず。

だけど やっぱり、 人間口から食べないと駄目だわ ~と 思った。

 

体の奥の奥の方から 湧き上がってくる 力。 

たかが重湯だけなのに。 不思議。

 

そして意外。

私は 、これを完食することができなかった。

 

残す?…私が。

 

食べられない時間が 多くあると 、人は それに合わせて 体を変えるのだろうか。 不思議。

 

それにしても、まさか私が残すとはねえ!

私が!!!?…私がー!!!!!

 

 

不思議ー。