お姉ちゃん

亡くなった父は癇癪持ちでコントロールフリーク。

小さい頃は随分と怖い存在だった。

 

今、笑っているかと思えば、次の瞬間大声で怒鳴りだす。

どうしてそんな風なのか

地雷はどこにあるのか

皆目見当がつかなくて。

 

とりあえず良い子でいること。

それだけをひたすら自分に課していた。

 

そんな父は洋画が好きで

初めての私の映画館体験は、

古い名画座で父と一緒に見た

大脱走」。

 

ティーブマックイーンは勿論格好良かったけれど、脇でニヒルに笑っていたジェームスコバーンが良かった、すごく良かったと父に言ったら、ひどく嬉しそうだった。

 

映画をみた後は

決まってケーキ屋さんに寄った。

 

家で待っている

小さい弟や母に

お土産としてケーキを買った。

 

父は私にも好きなケーキを選べと言う。

 

怖い父だったから、子供ながらに早く決めなくちゃいけないと、焦りながらケースのなかのケーキを見渡す。

 

あ、シュークリーム。

私はシュークリームが好きだった。

 

そして、その横にあったのが、

スワンシュー。

 

シュークリームを白鳥に見立てて作ってある。

私には夢のケーキに見えた。

 

じっとスワンシューを見ていると

父が「それでいいのか」と聞く。

 

うんと頷いて、

スワンシューは私のものになった。

 

家に帰って夕食が済むと

お待ちかねのケーキタイム。

 

おかあさんはモンブラン

真ちゃんはチョコレートケーキ

 

「ぼくこれがいい。」

 

弟が手に取ったのは

スワンシュー。

 

「え、それは私の…」

 

「お姉ちゃんは今日はチョコレートケーキにしておきなさい。

いいじゃないの、チョコレートケーキも美味しいわよ。」

でも…でも、それは

 

「黙って食べんか!」

父が怒鳴る。

これ以上怒らせてはいけない。

いくら言ってももう、弟からスワンシューを取り返すことはできない。

涙を堪えながら、私はチョコレートケーキを食べた。

 

次に見た映画は何だったのか

もう思い出せない。

 

そうして帰り道、またケーキ屋さん。

 

おかあさんはモンブラン

真ちゃんは…

 

「スワンシューを5つ」

父が言った。

 

え?

5つも?

 

「2つずつだぞ。

tontikiはお姉ちゃんだから、3つ。」

 

嬉しかったなあ。

 

お姉ちゃんだから。

 

いつも言われて悲しかったり悔しかったりしたその言葉が、

嬉しい言葉になった。

 

私の父は癇癪持ちで

コントロールフリーク。

 

子供の頃はNHK以外の番組を観ていると怒るような人だったけど。

 

愛されていたのだなあと思う。