癌ですと言われても、腹は減るのだ

「はい、tonntikiさん、ここで着替えて戴きます~。」

 

渡されたペラペラ穴あきおパンツ。
これはなんだな・・・あ、そうか。この穴のところから、カメラを突っ込む訳か。
なるほど、なるほど・・・って、私もすっかりちびまる子ドクターの思考回路になっている。

 

「ロッカーは7番。
ここに入れてくださいね。」

「そして、このスリッパに履き替えて、上の方もこちらに着替えて戴きます。」

 

流れるような、看護師さんの説明。

ぼんやりと「7番か。ラッキー7。なんか幸先いい感じ。」

 

そんな風に思いながら
「はい、判りました。」答える私。

 

「じゃあ、終わったら声をかけてくださいね~~。

あ、念のため。
マニキュア、お化粧、してませんね。
アクセサリー・・・はい。してませんね。
湿布薬も・・・あ、これは心臓のためのものですから、結構ですよ~~。

失礼ですけど、tonchikiさん、入れ歯とかタトゥーは??」

 

「あ、してません。」

 

「はい、結構です。
じゃあ、お着換え終わったら、お声がけくださ~い。」

 

ドアが閉まって、私は着替えにとりかかる。


しかし、なんだね。

使い捨てのこの穴あきおパンツ・・・紺色にって決めたのは、誰なんだろう。
バイリーンみたいな生地でできていたそのおパンツを履き、うすっぺらい使い捨てスリッパを履いて、私はドアを開けた。

 

「終わりました。」

 

「は~~い。お疲れさまです~。
それじゃあね、こちらで検査やりますので~。

向こう向きに寝てください。
ベッドが狭いのでね~~。
気を付けてくださいね~~。」

 

再び流れるような、看護師さんの声。

 

そうして、いきなり、ちびまる子ドクターの声がした。

 

「はい、tonchikiさん、それじゃあ始めますね~~。」

 

「・・・よろしくお願いします。」

 

言ったか言わないうちにお尻から・・・

 

「あ、痛い!」

 

「・・・痛いですか?」

 

「はい。」

 

「・・・判りました。・・・うん。」

 

もう一人、男性の声がした。

 

「これは、再度。」

 

「・・・そうですね。」

 

そうして、再び、ちびまる子ドクターの声。

 

「tonchikiさん、終わります。」

 

ああ、随分早く終わったな。
こんなもんか。

やっぱり、ラッキー7だったな。

 

立ち上がり、自分の服に着替える。

穴あきおパンツをゴミ箱に捨てると、やれやれ、やっとおしまいか~~と
緊張がほぐれていくのが判った。

さあさあ、とっととこんな所は・・と思ったら

「tonchikiさん、先生からお話があります。」

 

え?ああそうですか。
検査室の奥の、小さな小部屋に案内された。

 

「・・・はい、tonchikiさん、検査お疲れさまでした。」

 

「あ、はい。ありがとうございました。」

 

「・・・で、結果なんですけどね。

・・・・えっと、これがtonchikiさんの腸の中の写真です。」

 

「あ、はい。」

 

「・・・ご覧の通り、これ。
おできがね。」

 

「え?」

 

「腫瘍が・・・判りますか?」

 

「はい。」

 

「・・・tonchikiさん、途中で「痛い」っておっしゃったでしょう?」

 

「はい。」

 

「なのでね、今日はそこでやめたんですけど。
無理してカメラを通すとね、痛みがくるんで。」


「あ、はい。」

 

「で、もっとちゃんと見ないといけない訳ですが。
・・・経験上、これは、10中8,9、癌です。」

 

「・・・はい。」

 

「で、次は全身麻酔でね、再度大腸検査をしたいと思います。」

 

「はい。」

 

「・・・それでね、折角腸が綺麗になっている状態だから、明日、明日にね、予約を突っ込んだんですよ。」

 

「あ、はい。」

 

癌??
10中8,9、癌???

誰が???

 

私が。

 

でも、なんだろう。
なんか、ぼーっと話を聞いていた。

告知は、思っていたのと違っていた。

ショックじゃなかったとは、言わない。
ショックは、ショック。

 

だけど、全然ドラマチックじゃない。

 

そっかー。

私、癌なんだ。

 

「・・・先生、私、助かりますか?」

 

ちびまる子ドクターは、その問いに返事をしなかった。

 

「あのね。

私、全力でやりますから。
はっきり言ってね、明日の検査も無理やり入れ込んだんです。

 

これから、tonchikiさんのためにチームを組んで、やっていきますからね。
乳腺の先生とも話をしてね、うん。

あ、これが済んだら、乳腺の先生からもお話があります。

また、看護師さんから、聞いてもらったらいいけど。」

 

「・・・そうですか。
あの、先生・・・。」

 

「はい?」

 

「・・・私、RHマイナスです。」

 

「え!?どっひゃー!!!」

 

ちびまる子ドクターは、マジでまる子のように、手を広げて驚いてみせた。

 

「・・・大丈夫。

今はね、ええ。うん。
昔と違うから。

・・・そっか。」

 

「・・・それじゃ、他に何かありますか?
いずれにしろ、今日の結果が出て、確定するのは、明日になります。」

 

「はい。」

 

「だから、絶食が続くけど、我慢してね。」

 

「あ、はい。・・・ありがとうございました。」

 

不思議と涙も出なかった。
そっか。
10中8、9ねえ。

 

それから、乳腺のご陽気ドクターに会いに行った。

 

「あら、tonchikiさん。
今日は大腸検査やったんやね?」

 

「あ、はい。」

 

「あれ、しんどくなかった?」

 

「あ、はい。何とか。」

 

「で、今日はね、この間の再検査の結果なんやけどね。

マンモ撮った時に、検査技師さんが、「ここ気になります」ってことでね。

判りますか?」

 

「あ、はい。白く映っているところですか?」

 

「そうそう。
でね、この間、再検査させてもらって、その結果が出ました。」

 

「はい。」

 

「癌やね。」

 

「・・・あ、はい。」

 

「まあね、これはね、まだそんな深刻なことにはなってないけど、

手術が必要になります。」

 

「あ、はい。」

 

「なのでね、そのつもりでね。
うん。
大丈夫。
これから頑張っていこうね。」

 

「はい。・・・よろしくお願いします。」


診察室を出て
病室に帰った。


いつの間にか、夕食の時間になっている。

でも、今日はもう、何も食べられない。


「実質何日満足に食べていないんだろう。」

 

あーーー腹減った。


腹が減ったなあああ~~~。


「tonchikiさん、点滴をしますね~~。
絶食が続いているんで~。」

 

「あ、はい。お願いします。」と言いながら
私は、「点滴じゃ腹は一杯にならないんだよなあ」と天井を眺めていた。